基本は大事
朝はだいたい、近所の公園を走るようにしている。公園といっても住宅街にあるような公園ではなく、緑地公園と呼ばれる、野球場や、テニスコートなどもある大きめの公園だ。
緑地公園と呼ばれるだけあって、多種多様な植物が生えている。近頃は朝は霧がかかっている日も多く、その中で見る植物は思いの外幻想的だ。大きな公園なので幅広い層に利用されている。ウォーキングや、犬の散歩はもちろんのこと、ランニング、何人かでラジオ体操しているなんていう集団も見かける。
この公園の中で一番広い広場があるのだが、そこでは毎週日曜になると太極拳をしている。それも数人なではなく、何十人という規模なのだ。何十人が朝の薄暗い中で、さらに霧なんかかかっているとなると、もはや中国である。何年も前に行った台湾旅行を不意に思い出してしまった。
広場から少し離れたところでも太極拳らしき動きをしている男性を見かけた。おじさんというよりかはおじいさんと呼ぶのが相応しい年頃の男性だった。近づいてみると、ある違和感に気づいた。この男性、テニスのラケットを持っているのだ。太極拳をしているのではなく、テニスの素振りをしていたのである。
次の日も、その次の日も、その男性を見かけた。くる日もくる日も素振りをしているおじさんを「エアテニスおじさん」と勝手に名付けた。いつ見ても、テニスというより太極拳であることに変わりはないのだが、いつの間にか、その姿を見るのが朝の楽しみになっていた。
そんなある日、いつもの場所にエアテニスおじさんがいなかったのである。季節の変わり目でもあり、体調を崩したのかと心配になった。あまり集中できず、あたりをキョロキョロしながら走った。
どこからともなく、ハーモニカの音が聞こえてきた。大きな公園なので、楽器を演奏している人は、たまにいるのだが、見ず知らずのおじいさんを勝手に心配している私からすれば、のんきにハーモニカなんかを吹いている場合じゃない、という気持ちになった。
音色の主は50代から60代といった年の頃の男性で、お世辞にも上手い演奏とは言えなかった。石垣にもたれながら演奏していたのだが、その石垣を見た私は驚きを隠しきれなかった。エアテニスおじさんが壁打ちをしていたのである。
壁打ちというと、壁とラリーをするイメージだと思うのだが、エアテニスおじさんは違った。太極拳のフォームからサーブのようなことを繰り返しているのである。返ってきたボールはまだ打ち返すことはできない。すべて自分の後ろに転がっていってしまっている。
だが、ずっと素振りをしているだけから、壁打ちができるようになるのは大きな進歩ではなかろうか。おじいさんがである。私は改めて基礎の基礎が大事だということを思い知らされた。もうエアテニスおじさんと呼べなくなる日はもう目の前なのではないだろうか。
次はハーモニカおじさんの成長に期待したい。